参考図書
(1)ChatGPTは神か悪魔か(落合陽一・山口周・他著、宝島新書、2023)
(2)日本美術の底力 「縄文×弥生」で解き明かす(山下裕二著、NHK出版新書、2020)
(3)MUJI式 世界で愛されるマーケティング(増田明子著、日経BP、2016)
(4)ドンキ式デザイン思考 セオリー「ド」外視の人を引き寄せる仕掛け(二宮仁美著、イーストプレス、2025)
今回は、日本の「わび・さび」を代表とする引き算の文化とともに、AI時代に突入した現代は、足し算の文化を上手く活用していく必要があり、そこにはデザインの力も関わっているというお話です。
日本文化と言えば、切り捨ての文化として物事をシンプルに考える、引き算の文化が前面に押し出されています。
しかし、日本にも足し算の文化、飾りの文化があります。それは縄文時代の文化です。
(土器の対比を思い出すとわかりやすいですね)
足し算の縄文文化と、引き算の弥生文化。それは現代のビジネスの流れにも合流している気がします。
引き算のビジネス=無印良品、足し算のビジネス=ドンキ。
そんな勝手なイメージを持ちながら、今回ドンキ式デザイン思考が発刊され、紹介した無印良品とドンキの両書籍ともにデザイン思考に絡めた記述がありました。
この2つの企業が商売の中で編み出したデザイン主導のイノベーションに近いアプローチが興味深いなと思いましたので、これらを繋げながら見ていきましょう。
人間に残された仕事=「生活を飾ること」
参考図書(1)において、独立研究者である山口周氏は、AI時代に入った人類に残された仕事が何かを考えたときに19世紀の英国で活躍したデザイナー、ウィリアム・モリスの言葉がヒントになると記しています。
「便利で快適な世の中が出来上がった後で、人間に残された最後の仕事は『生活を飾ること』だ、と。極論すれば、モリスはつまり「生きることは飾ることだ」と言っているわけです。(p86-87)」
生活を彩る、日常を祝福する、日々を丁寧に生きる、いつも遊び心を忘れないといった行為たちは、人間が人間らしく生きるための最後の砦となる行為なのかもしれません。
しかし、これらの行動はある意味、無駄を取り入れる行為とも見て取れます。
一見すると、わび・さびのような無駄を切り捨てるイメージが強い日本の文化に反しているのでは勝手に思っていました。
日本人のDNAには足し算の美学も刻まれている
日本人は、物事をシンプルに削って考えるだけが得意なのではありません。
実は縄文時代の火焔型土器に見られるような「装飾を施す」こと、つまり足し算の文化も得意です。
参考書籍(2)では、『縄文的要素の「動的」「有機的」「怪奇的」「装飾性」は、地層である弥生的要素「静的」「無機的」「優美」「機能性」の下に流れる伏流水である』と紹介されています。

火焔型土器

弥生土器
この書籍は、日本の美術が縄文要素と弥生要素が織りなす産物であることを紹介している書籍ですが、この指摘は非常に秀逸です。
なぜなら、日本人の感性は、削ること(弥生的要素)だけでなく、飾ること(縄文的要素)も得意だったことを力強く思い出させてくれるからです。
日本最古のプロダクトである土器から始まるこの縄文フレームワークは、現代のビジネスにも通ずると思います。
以下からは、弥生的要素を感じる無印良品と、縄文的要素を感じるドン・キホーテを例に見立てていきたいと思います。
時を超える普遍性を製品に宿す。無印良品のビジネス
参考書籍(3)の著者である増田明子氏が述べるように、無印良品の製品コンセプトには、シンプルであることが根底にあります。
「MUJIの商品が世界的な普遍性を持つ大きな理由はシンプルさにある。そのシンプルさとは、使い勝手の良い「一番普通」の形を目指したデザインである(p23)」
製品に普遍性を宿すこと。それが無印良品のビジネスの要諦と感じました。
ワクワク・ドキドキを感じられる世界観を作り出す。ドン・キホーテのビジネス
アマゾンのジャングルを彷彿とさせる山のような商品たちと遊び心を刺激する手描きPOPたち。気づけば手元のカゴは気になる商品でいっぱい。
そんなビジネスを可能にしているのがドン・キホーテ。
参考書籍(4)で著者の二宮仁美氏は述べます。
「とりわけ意識しているのは、お客様に「ドンキワールド」にどっぷりと浸っていただけるよう、隙間なく“世界観”を作り込むことです。(略)“ワクワク・ドキドキ”を運んでくれる「アミューズメント空間」を作る。私がドンキの店舗をデザインする時に考えていることです。(p35)」
この遊び心溢れる「アミューズメント空間」は地域性も加味されており、臨機応変に表現されます。
人間味ある心の機微(遊び心)を上手に生み出すこと。これがドン・キホーテのビジネスの要諦と感じました。
無印とドンキの共通点①ターゲットはマス(多くの人々)
ここまでは、無印とドンキのビジネスを見てきました。結構振れ幅が広いようにも思えますが、共通項もありました。
それが、ユーザーのターゲットあえて絞らないことです。
「MUJIの商品開発の基本姿勢は、最大公約数的に多くの人が「良い」と思う商品を作っていくことだ。個々の人や、個々の文化に合わせすぎない。(参考書籍(3)、p34)」
「ドンキの店舗デザインでは、それほど「ペルソナ設定」を細かく行わないのが実情です。「30代~40代のファミリー層」「10代の若者」といった具合に、非常にざっくりと顧客層を定義するにとどめています。(参考書籍(4)、p82-83)」
足し算や引き算はしつつも、ターゲットとするユーザーのボリュームは削ぎ落とさないこと。
それが、商品をニッチにしすぎないで大きく儲けるコツだと感じました。
無印とドンキの共通点②共創デザインの力の利用
そのほかの共通点として、一人のデザイナーの力だけでなく、関係する顧客、従業員、パートナー企業などの力を借りながら、それぞれの立場を入れ替えながら共に価値を作り出す共創的な価値創造を行っていることが挙げられます。
無印良品で言えば、顧客参加型の開発手法を取り入れて、2003年に発売した「体にフィットするソファ」があります。顧客との信頼関係を構築することで、様々な意見を集めて商品開発を行っています。
ドンキでは、店舗デザインや商品のパッケージデザインが企業に関わるさまざまな立場の人の手により生み出されています。
無印とドンキの共通点③デザインの力を使った秀逸コンセプトの提案
3つ目の共通点は、私の主観的感想ですが、デザインの力を利用して得られた優れたコンセプトを提案していることです。
無印はシンプルで使い勝手の良い商品の形(デザイン)を通して、その商品のコンセプトを提案しています。
ドンキは、土地の地域性に合った外観の店舗(デザイン)を通して、ドンキという遊び心溢れるコンセプトを提案しています。
両社に言えることは、いずれも商品や店舗を、デザインの力を利用して価値ある「意味」に変換して、顧客にその価値を提案しているということです。
ビジネスの方向性が対照的な企業でも共通するデザイン主導の開発方法
以上をまとめると、企業に関係する人々で場を形成・利用して、共創的に秀逸なコンセプトを作り出し、特定の個人ではなく、ある一定の文化的集団(多くの人々)にデザインの力で提案すること。
これこそがデザイン主導の価値創造であり、デザイン・ドリブンなイノベーションの真骨頂といえます。
今回は、日本には縄文的プロダクトと弥生的プロダクトが混在していて、それはビジネスにも然りで、今後は縄文的要素がもっと大事になるのではないか、という考えと、儲かっている企業はデザインの力も取り入れている。という内容でした。