参考書籍 ビジネスの武器としての「デザイン」(奥山清行 著、祥伝社、2019)
この問いは奥山清行氏の著書のエピローグに書かれている、「デザインとは何なのか」という問いの奥山氏の答え、「デザインとは、自分の一番大切な人の5年後の誕生日プレゼントを探すこと(p 258)」に由来しています。
奥山氏曰く、「あの人が何をほしいか」を考え続けると、考えの対象が自分自身に反転してきて、究極的には「自分があの人に対して一番上手にしてあげられることは何なのか」となるといいます。
そのときに重要になるものは「自分自身のアイデンティティ」で、さらに自分を表現する道具やツールを持つことが大切だとも言います。(奥山氏にとっての表現手段は「デザイン」なのだと思います)
今回はその奥山氏の持つ自己表現を叶えるツールである「デザイン」の力が今日の「デザイン」の実践として非常に参考になるのでご紹介します。
- モノづくりのために必要なの5つ分野のデザイン力とそのプロセス
- ①ウォンツデザイン 要点(1):ニーズよりウォンツを刺激する
- ①ウォンツデザイン 要点(2):現場の声でウォンツに気づき、新たな価値をデザインして「顧客と市場の創造」をする
- ②言葉のデザイン 要点:議論で鍛えた言葉を通してコンセプトを選び出す
- ③ブランドデザイン 要点:ブランドはピラミッド型であり、土台と頂点の両輪が必要
- ④ストーリーデザイン 要点(1):ウォンツを呼び起こすフラッグシップの重要性
- ④ストーリーデザイン:フラッグシップの核となるもの(1):創業者の思想
- ④ストーリーデザイン:フラッグシップの核となるもの(2):ブランドストーリー、ヘリテージを使う
- ④ストーリーデザイン:フラッグシップの核となるもの(3):創業地
- ④ストーリーデザイン:フラッグシップの核となるもの(4):歴史の長さ(時間)
- ④ストーリーデザイン:フラッグシップの核となるもの(5):ネーミング
- ⑤ビジネスデザイン 要点:何を売って利益を得るのかという「お金」の視点を持つ
- 「ビジネス」を「デザイン」するプロセス
- 今注目されている「DDI」のプロセスそのものではないのか
- 奥山氏の言う「デザイン」は再現性のある方法にまで落とし込まれている
- 自分の能力を超えてアイデアを出すのに重要な「手」の存在
モノづくりのために必要なの5つ分野のデザイン力とそのプロセス
この書籍には5つのデザイン分野が描かれています。まずは、4つのツールとしてのデザイン分野、①ウォンツデザイン、②言葉のデザイン、③ブランドデザイン、④ストーリーデザインについて、そして最後の5つ目としてビジネス全体をデザインする⑤ビジネスデザインについて述べています。
最初の4つのツールは、先ほどの番号順に「①需要(ウォンツ)→②コンセプト(言葉)→③商品(ブランド)→④伝える手段(ストーリー)」という流れになるかと思います。
また、この5つの分野のデザイン力を見た後、実際のプロセスについて述べていきますが、このプロセスが非常に秀逸で、再現性がある理論にまで落とし込まれており、なおかつ実践的です。ご本人は意識されていらっしゃるかはわかりませんが、近年注目されているデザイン・ドリブン・イノベーション(DDI)の手法のお手本の様に感じます(あくまでも個人的意見ですが)
それでは、具体的に見ていきましょう。
①ウォンツデザイン 要点(1):ニーズよりウォンツを刺激する
奥山氏は厳密な定義ではないかもしれないと前置きをしながらも「ニーズ」と「ウォンツ」を以下のように捉えていました。
「ニーズ」とは、「必要性」すなわち「顕在化した需要」であり、生活するうえでなくてはならないもの、水、空気、電気、基本的な食べ物や衣類、住まいなどが典型。安ければ安いほどいいと考える傾向にある。
「ウォンツ」とは、「欲求」すなわち「潜在的な需要」であり、なくても生きていけるが、それを満たすことで精神的な豊かさや快適さを手にいらられるもの。お金をかけることをいとわない。
ニーズはコモディティ化する(陳腐化して価値が下がる)ので差別化が困難です。ビジネスにイノベーションを起こすならウォンツを意識しなくてはいけません。
①ウォンツデザイン 要点(2):現場の声でウォンツに気づき、新たな価値をデザインして「顧客と市場の創造」をする
ダイソンのサイクロン掃除機、ソニーのウォークマン、グーグルの検索エンジンに留まらないビジネススタイルなど、成功した企業の多くは既存の形に縛られずに、ウォンツに気づき新たな枠組みをデザインしています。これが顧客と市場の創造につながります。
ウォンツを吸い上げたり、生み出したりするには、素材の生産者、工場の技術者、販売店での顧客など「現場の生の声」を聞くことが大切になります。
②言葉のデザイン 要点:議論で鍛えた言葉を通してコンセプトを選び出す
まずはじめにコンセプトを言葉にすること。奥山氏は、「日本のビジネスパーソンは、もっと言葉の力を磨いて、はっきりとデザインのためのコンセプトやアイデアを示せるようにならなくてはいけない(p 50)」と述べています。この「言葉のデザイン」のちからを鍛えるには、日ごろの現場で「議論すること」が第一の要素になります。
③ブランドデザイン 要点:ブランドはピラミッド型であり、土台と頂点の両輪が必要
ブランドは単品では成り立たず、三角形のピラミッド型の頂点と土台を両輪として、点ではなく面で考える必要があるようです。その際には、土台が差別化されたコモディティ製品(プレミアム・コモディティ)を組み込むようにすること、そして最もブランド価値が高い頂点部分の製品(フラッグシップ)を戦略上で配置します。
(プレミアム・コモディティについては後日再度考えます)
フラッグシップのつくり方は次のストーリーデザインにつながります。
④ストーリーデザイン 要点(1):ウォンツを呼び起こすフラッグシップの重要性
フラッグシップとはマーケティング用語でブランドを象徴するような商品を指します。もともとは艦隊の旗という意味で、転じてブランディングで最も重要なものに使われます。フラッグシップを通して、ひとびとはそのブランドに興味をもって、ファンとなり、顧客となります。
ただし、フラッグシップは売上や利益を最も上げる商品ではほとんどない場合が多く、その代わりにブランドの象徴としてのイメージ戦略を担い顧客や消費者のウォンツを刺激し続ける存在であることが大切になります。
つまり、フラッグシップとは、ブランドのアイデンティティやモノづくりの思想を表現したもの・核(コア部分)です。このフラッグシップの核となるものが例として、本書では5つ挙げられています。
順に見ていきましょう。
④ストーリーデザイン:フラッグシップの核となるもの(1):創業者の思想
1つ目は、原点を掘り下げるために、「もともと何を顧客に提供するために創業者がはじめたものなのか」を考えることです。この社会的な使命感を大事にして立ち返ると、商品が「売れる or 売れない」以前にやるべきこと、やってはいけないことが明確になります。
④ストーリーデザイン:フラッグシップの核となるもの(2):ブランドストーリー、ヘリテージを使う
2つ目は、その商品が生まれた背景であるストーリーがブランドの遺産(ヘリテージ)となることです。ただし、そのまま過去の価値を持ってきても売れないので、復刻するだけでなく、現在のトレンド・テイストにモダナイズすることが必要になります。つまり、継承される部分は引き受けながら、進化させる部分は現代の使われ方に合わせるという開発哲学を持つことが重要となります。
④ストーリーデザイン:フラッグシップの核となるもの(3):創業地
3つ目は、「日本の地場産業はそれ自体がブランドである(」p 129)とあるように、創業した地域もブランドの優位性になります。ただ、残念なことに、日本ではラグジュアリーブランドのモデルになり得ていないのが現状です。
そうなるためには、商品がつくられる地域の風土、素材のつくり方、職人自身の来歴などのストーリーを上手に引き出し、商品と一緒にアピールすることが必要です。
奥山氏によると、そもそもアジアのモノづくりをしている人にしてみれば、「メイド・イン・ジャパン」は、うらやましくて仕方ないアドバンテージになるそうです。
④ストーリーデザイン:フラッグシップの核となるもの(4):歴史の長さ(時間)
創業からの「歴史の長さ」は、日本が活かしやすいカテゴリーであり、ブランドの差異性になります。
④ストーリーデザイン:フラッグシップの核となるもの(5):ネーミング
電気自動車のテスラが、発明家の二コラ・テスラへのオマージュから来ているように、昔の人物をうまく結びつけて、ブランドのネーミングにしてうまくイメージを喚起させることも、方法の一つです。
⑤ビジネスデザイン 要点:何を売って利益を得るのかという「お金」の視点を持つ
上記の4つのデザイン力の裏で回す力として、奥山氏はビジネスをデザインすること=多くの関係者が喜べて、その後にもつながる流れを生み出すことを目的にするには、収益を生み出すモデルにしてあることが必須、と述べています。
さらに、このビジネスデザインの力を上げるための具体的な解決策として、問題探求意識を持つこと(必ず先に仮説を立てて情報収集と観察をすること)、誰が本当の顧客なのか考えること、現場で五感を働かせることを挙げています。
ここまでは5つの分野のデザイン力について見てきました。
ここからはビジネスの現場での実際のプロセスについてです。
「ビジネス」を「デザイン」するプロセス
奥山氏は以下のようなプロセスで、ビジネスをデザインしているそうです。
収益モデルからの逆算の視点を忘れない、問題発見力を向上させる、現場の生の声の修正を加え明確にしていくことを、「言葉のデザイン」をしながら進める
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アイデアの発想(アイディエーション)を考える:その際手を動かすことが重要(ブレストや文書も手)
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すばやい視覚化(ビジュアライゼーション):文字より伝わる力が勝る絵で共有
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チームによる議論(コミュニケーション):主張よりもまず相手の意見を聞くことが大事
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プレゼンテーション:何を伝えるか、対象は誰なのかを意識する
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カスタマーエクスペリエンス:その商品と顧客がどこで接点をもつのかを考える
今注目されている「DDI」のプロセスそのものではないのか
上記のプロセスは経験に裏打ちされている技術として、デザイン・ドリブン・イノベーション(DDI)のプロセス(個人による熟考→ペアによる批判→ラディカルサークルによる厳しい批判→解釈者による批判)の実践的に肉付けされた内容と感じました。
奥山氏の言う「デザイン」は再現性のある方法にまで落とし込まれている
奥山氏は、「デザインはただの偶然に頼る産物ではない。あくまでも優れたプロセスによってロジカルに偶然を呼び起こすーーつまり必然の積み重ねの結果、生まれるものなのだ」(p 60)とおっしゃっており、コントロールが可能なツールとしてデザインを見ています。
つまり、「デザイン」することは、一握りのセンスある人のものではないということです。
自分の能力を超えてアイデアを出すのに重要な「手」の存在
いずれのデザインのプロセスの中でも、一番ネックになるのは、一人で最初のアイデアを熟考することかもしれません。これに関して、奥山氏は自分本来の能力を超えて、潜在的な創造力を偶然のひらめきさえも必然的に引き出すことを行っています。
それは手描きの絵を書くことを例に「(アナログに)手を動かすこと」(p 177)が大切と説いています。
長くなりましたが、今回は奥山氏のデザインに対する姿勢が、近年求められている「デザイン」の本質を突いているという内容の紹介でした。